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280: XXX ◆TqnDIIRxZU :2009/02/15(日) 10:58:09 ID:yVAvEIqr

半紙が机の上に広げられる。漆塗りの気品ある筆が漆黒の軌道を広げていく。 
半紙には丁寧に“思想”と結ばれた。 

「よく聞け。お前の普段の生活にはこれが無いんだ。
『思い、なお想う。』だらだらと生活してるから、家事でもミスをする。
お前と結婚して10年、もう直っても良いんじゃないか。」 
半紙を手に取り、男は机を挟んで向かい合う妻に話し始めた。 

男は三十代後半だろうか、その身だしなみから几帳面な性格が見て取れる。 
「些細な事が大事なんだ。お前がそんな風だとカズキにも良くない。いいか…」 
突然、気だるそうに話を聞いていた妻が、机を叩いて立ち上がった。 

「なによ!あなたはあの子の教育に口出しするほどの事はなぁんもして無いじゃない!」 
彼女は身を大きく乗り出し、相手の持つ“思想”の文字を奪い取り二つに引き裂いた。 
「思想?なに言ってるの?私がもう持ちあわせて無いのはこれよ!」 

彼女は手元のチラシの裏にマジックで“愛想”と書きなぐった。 
「あんたの愚痴にはいい加減愛想が尽きたわ。今後10年、自分の皿は独りで洗いなさいよ!」 
「なんだその言いぐさは!」 
夫も負けじと“愛想”の二文字を引き裂いた。 

「ただいまー!」 
敵意に満ちた視線が交錯する中、沈黙を破ったのは帰宅した息子のカズキだった。 
部屋に入って、不穏な空気に気づいたのだろう黙って二人の間に座る。 

子供を挟んで喧嘩する訳にもいかない。
夫は新聞を大仰に広げ、妻は台所で水仕事を始めた。 

夫は思った、 
『どこで間違えたんだ。互いの足りない部分を補っていたはずの歯車が、すっかりずれてる。』 
妻は考えた、 
『カズキは私が引き取って、実家にしばらく世話になろう。それから…』 

「遊びに言ってくるね。」 
しばらく机の上で手慰みの様なことをしていたが、
二人の背中に耐えきれなくなったのだろう、カズキは外へ飛び出していった。 

「車に気をつけて」「遅くなるなよ」短い言葉と視線で息子を送り出し、再び背を向けあう二人。 
ふと、目の端が何かをとらえた。机の上に顔を向けると引き裂いた紙が机の上に一列に並べてある。カズキの手慰みだろう。 

 想  思  想  愛 

思わず小さく笑ってしまった。 
相手を見ると、同じように苦笑している。 

「本当は想の字が違うんだが。」 
「あの子、知識はあってもそそっかしいから。」 
もう一度、二人はクスリと笑いあった。 
春の近づきつつあるある日の出来事である。 


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