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77: 創る名無しに見る名無し:2010/10/02(土) 17:49:59 ID:s53y1xEw

ここは通称「天国の控室」、正式名称は「国立終末介護医療センター」である。 
比較的裕福で身寄りの少ない重病患者が終の棲家として選択する医療機関だ。 
ただ、すでに危篤状態になっている患者はここに入院することは無い。 
なぜなら、寿命を全うするまでの期間たとえそれが数日であろうと、本人の意思で 
至福の時間を過ごす事を目的としているからだ。 

人によっては数年間の長期入院になる事もある。幸せな時間を1日でも多く 
過ごしたいという欲求がその命を永らえるのかもしれない。 
N氏もそんな患者の一人であった。 

「Yさん、ちょっとこちらへ来てくれないか」 
「はいN様」 
そう応えたのは、N氏が入院してからずっと付きっ切りで介護してきたY看護婦だった。
 

ちょっと怖いのでドアを開けたまま暗やみのトイレで座って小便をする事にしたいい年の「もうどれくらいになるかな…」 
「約4年7ヶ月になりますわ。正しくは4年6ヶ月と28日8時間46分…」 
「ははは、君はいつも正確無比だな」 
「恐れ入りますN様」 
「私にはもう近々お迎えが来る。君には本当に世話になった」 
「そんな気の弱いことをおっしゃってはいけませんわ」 
「いや、分かるんだよ自分の事は」 
「N様がそんな気持ちになってしまわれると、私が担当の先生に叱られます」 
「そんな医者、私が怒鳴りつけてやる!わっはっは」 
「うふふ…患者様から気を使われるなんて、看護婦失格ですわね」 

「ところで、私が死んでからの事なんだが…私にはこれまで苦労の末築いた財産がある 
 それを君に相続してもらうわけにはいかんだろうか?」 
「唐突なお話ですのね。しかし私には財産をいただく権利はございません。それに 
 N様もご存知のように…」 
「そう、君はロボットだ。だがロボットが相続してはいけない法律はないだろう」 
「いいえN様、法律の問題ではなくて、私にとってはその財産が無意味なのですわ」 
「そうなのか、私の財産は君には何の価値も無いということなのか…」 
「申し訳ございません、私には物の価値を認識するデータがプログラムされていないのです」 
「…確かにな、金や不動産や贅沢品は人の欲望が造り上げた物。君には無用か…」 
「ご好意には感謝いたします」 

「Yさん、今だから言えるが、私は起業には成功したが良い家庭は築けなかった。 
 家族ほったらかしで仕事に没頭し、愛想をつかした妻は一人息子を連れて家を出て行った」 
「そうだったのですか」 
「だが、今私はとても幸せだ。君のお陰で最高の死を迎えられそうだよ」 



78: 創る名無しに見る名無し:2010/10/02(土) 17:53:22 ID:s53y1xEw
>>77つづき 

その時、一人の男性が病室に入ってきた。 

「お、お前は…」 
「父さん、久しぶりです」 
「今更名乗りをあげても、お前達には財産はやらんぞ!」 
「父さん、母さんはもう5年前にここで亡くなりました。最期まで父さんを愛していましたよ」 
「そ…そんな人情話は通用せん!」 

「僕は財産が欲しくてここに来たんじゃありません。本当のことをお話しに来たのです」 
「何だと?」 
「母さんは家を出たあと、大変な苦労をして僕を育ててくれ、大学にまで入れてくれました。 
 お陰で僕は思う存分自分の好きなロボット工学の勉強をすることができました」 
「ロボット工学…」 
「そうです。実は、この施設の介護ロボットはすべて僕が開発したものなんです」 
「では、このYさんも…」 
「ええ、今まではロックがかかっていたのでお話できませんでした。申し訳ございません」 

「父さんは先程、彼女のお陰で幸せだと言っていましたね。どうしてだか分かりますか?」
「ああ、彼女は親切でよく気が利いて私の好みも分かってくれていて、まるで…」 
「まるで?」 
「…かつての私の妻のように…!」 
「そうです、Yには僕の覚えている限りの母さんの性格やしぐさをプログラミングしてあります。 
 ただ、父さんの好みまでは僕は知りませんが」 
「そ…そうだったのか」 

「母さんは本当に最期まで父さんを愛していました。これを聞いてください」 

息子はY看護婦の耳たぶにそっと触れた。 

「お父さん、お久しぶりです。もう、お互いに昔の事になってしまいましたね。 
 あの時は突然出て行ってしまってごめんなさい。ご苦労されたでしょうね。」 

Y看護婦はN氏の妻の声で話し続ける。 

「お父さんのお仕事の邪魔になってはいけない。私達が出て行かなければいけないって 
 勝手に思い込んでしまって。でも大成功されたんですものこれで良かったんだと思います。 
 私が先に逝くことになってしまったけれど、本当に愛していました、さようなら…」 

その後、幾日かしてN氏は天寿を全うしこの世を去った。 
病室には1通のメモ書きがサインを添えて残してあった。 

『遺言 私Nの全財産を Y看護婦の開発者に贈与する』 

終わり 


引用元:https://5ch.net/